いもむし男−第4章


《絵画進化論》

このようにして、めまいと頭痛を伴う儀式は終わり、山梨での二人の暮らしが始まった。亜輝子が言った通り、儀式が済めば親戚連はそれ以上干渉して来なかった。これは、環境に馴染んだらすぐにでも制作を再開したいと望んでいた翔吾にとって、何より有難いことだった。

というのも、彼はその頃「絵画の世界の厄介な問題」に真正面から向き合わねばならない時期に来ていたからだ。彼が家を出て自分で絵画の勉強を始めて間もなく気付いた「問題」である。しかし当時はこの「問題」に自分なりの答えを見出せるだけの準備がまだ何も出来ていなかったので、とりあえず考えることを先送りにし、まずは技術的な鍛錬に精を出そうと決めたのだった。

彼が取った方法は身近な物を題材にしたデッサンと巨匠の作品の模写だった。模写は、正確なコピーを作ろうとするのではなく、さまざまな巨匠が何を考え何を求めてその絵を描いたのかを探ることに重点を置いて行った。一通り模写の時期を過ぎてしまうと、今度はさまざまな巨匠の作風を真似て新たな絵を描いてみた。例えば自画像を、ベックリン風やシーレ風やピカソ風やミロ風に描いてみたのだ。

彼が知りたかったのは、巨匠達がどのようにして「独自の表現」を獲得したのか?ということだった。幼い頃から絵を描き続けていた彼は、巧みなデッサン力で対象を正確に捉える技術に長けていたが、「独自の表現」を持っていなかったのだ。そしてこのことが「気迫の欠如」の件と相まって彼をしばしば自信喪失の危機に追い込んだ。

だがこの「独自の表現」の追求は、結果的に「絵画の世界の厄介な問題」に合流してしまった。二つの問題は実は同根だったからである。それはつまり、「今、どう描くべきなのか?」ということだった。

「どう描く、って、あなたが描きたいように描けばいいじゃない」と、『甲州名産ころ柿』をくちゃくちゃ噛みながら亜輝子は言う。

「それが、そうはいかないんだ」翔吾は頭を掻き毟る。「僕だって独学だけど絵画の歴史を学んだんだ。一度知ってしまったことは知らなかったことには出来ない。そりゃあ世界は広いから、あっちこっちの色んな国で色んな絵描きが勝手に自分の描きたいように絵を描いてるのも知ってる。でもそれとは別に面々と続いて来た歴史がある、主にヨーロッパを中心にしてね。この歴史は主題の探求と技法の探求と哲学的意味付けの三本立てで行きつ戻りつしながら曲がりなりにも進化して来たんだ。無数の画家達の表現への血のにじむような献身と情熱に支えられて・・・ところが最後に、中心をアメリカに移したところでブッツリ終わっちまったのさ」

「アメリカがいけないのよ。あの国は何にでも引導を渡すんだわ」

「そうじゃないよ。いや、そうかもしれないけど、とにかく抽象表現主義に行き着いたところで絵画の進化は終わってしまったんだ。その後は破壊現象と退化現象が起こっている。誰も抽象表現主義を超えられないのさ。で、超えるのを諦めて絵画の歴史とは無関係に勝手に描きたいように描くか、描くことそのものを諦めて別の表現方法を選ぶか、表現の道から降りるか、いずれかを選ぶわけだ」

亜輝子は眉をしかめて『ころ柿』の種を口からつまみ出した。「で、あなたはどれを選んだの?」

「僕は、どれも選ばない」翔吾は頭を掻き毟るのを止めて自分の掌を見つめた。

「知ってしまった以上は、歴史を無視出来ないし、今さら過去には戻れない。絵の道を降りることも出来ない。描くことを止めることは、僕が僕であることを止めることだから、僕の存在理由を、僕が生きる意味を失うことと同じなんだ」

「・・・あなたは、どれも選ばない」亜輝子はテーブルの上に両手を揃え、改めて、真っ直ぐ彼を見つめた。

「うん」翔吾は顔を上げて彼女の視線を受け止めた。「僕は、抽象表現主義を超えたい。けれど、それにはたぶん、何か別のところからのヒントが必要なんだ」

「別のところからのヒント・・・」

だが亜輝子には、彼の苦しみを慮ることしか出来なかった。彼女は彼女で、建築界の内外で起こっている「厄介な問題」に心を痛めていたのだ。

この世に建物を生み出す行為は、かつてほど祝祭的で単純に「建設的」な行為ではなくなりつつあった。この資本主義社会に於いて、人間の活動の隅々まで経済の「膜」がびっしりと蔓延るようになることは大方の予想通りだったのかもしれないが、その結果何を失うかまで考えた者はあまり多くは無かったらしい。建築という大掛かりな人間活動はもはや経済行為そのものと捉えられていた。従って経済的役割を終えたと見なされるや否や建築物はたちまち「無価値」と判断され破壊されるのだ。その建物を生み出すために費やされた時間と労力とあらゆるエネルギー資源と資材として消費されたイキモノの命と多くの人々の思いと風景の記憶が、単なる経済効率と引き換えにあっけなく消滅する。亜輝子はそれが何より悔しかった。

とはいえ、日常は淡々と流れて行った。彼女は設計事務所の支所長として仕事を纏めつつ、一設計士として毎日朝から夜までさまざまな業務をこなし、隙を見て父を見舞い(幸い病院は事務所から徒歩5分の距離にあった)、週に一度か二度は吉祥寺の本社へ出向き、月に三日は休日も返上して仕事していた。織田一雅は彼女の熱意を高く買い、設計センスと的確な判断力を信頼してますます多くのプロジェクトを任せるようになり、彼女の休日と睡眠時間はさらに減って行った。

翔吾はその間、一人で家に篭り、家事をこなしながら絵画と格闘していた。月に一度程度、電車に乗って都内の美術館や画廊を巡り、図書館や書店で美術書や自然科学や哲学の本を読み漁る他には遠出することもなかった。山梨に住みながらも近隣の野山へスケッチに出掛けるということは一度も無く、春に初めて満開の桃畑を見た時は心底驚いたが、それを「描きたい」とは思わなかった。彼の関心はとうの昔に、自然を写し取ることには向けられていなかったからだ。

傍目にはいささか奇妙に映ったかもしれないが、二人にとっては各々の仕事に邁進する日々が自然だった。そうして一年が過ぎた翌年の2月、杉作の容態が俄かに悪化し、遂に帰らぬ人となる。

亜輝子の親戚は葬儀の後、杉作の形見分けを行うべく久し振りに彼等の住まいに集い、そこで初めて翔吾の絵と対面した。亜輝子は的外れな評が出るのを危惧していたが、家のあちこちに置かれた抽象画を前に皆一様に首を傾げるばかりで、特に感想らしい感想も漏らさずに帰って行った。実のところ、感想を言おうにも彼等には何が描いてあるのかさっぱりわからなかったのだ。

「あの、亜輝子の亭主は、大丈夫なのかねぇ?」帰りの車の中でようやく、猟友会支部長の叔父、多加真作が助手席の妻に漏らした。

「大丈夫って、何が?」

「何がって・・・アタマが、だよ」




妻は不気味な物でも見るように真作の顔を眺め、「わたしには、あんたよりよっぽどマトモに見えるわよ。あんたみたいに禿げてないし、あんたと違ってハンサムだし、澄んだ綺麗な目をしているし、メタボでもないし」と答えた。

「ケッ、これだからオンナは・・・」と真作は舌打ちする。「男は見た目じゃねぇ、経済力だよ。アイツは亜輝子に稼がせて自分は働きもせずに家に篭って毎日あんなわけのわからん絵ばかり描いてやがるんだ。アタマがおかしいんだよ。画家かなんだか知らないが、何か賞を取ったわけでもないし、個展を開くわけでもないし、県の美術協会にも入ってない。聞くところによると美大はおろか高校も出てないらしいじゃないか。いったいアイツは何をやろうとしてるんだ?主婦か?だったら、亜輝子の代わりに子供を産んでみろってんだ」

「お父さん、言いすぎよ」と、黙って聞いていた郁子が口を挟んだ。

「翔吾さんは芸術家なのよ。お父さんにはわからないかもしれないけど、私は絵が好きだからわかる。翔吾さんの描いているのは抽象画なの。物を見えるままに描くんじゃなくて、表層を取り払ってイメージを純化して描く表現なのよ。具象画も3次元の物を2次元に描く時点である意味抽象なんだけど、それをもっと推し進めた表現方法なの、わかる?」

「わからんっ」真作はスピードを緩めずに交差点に突っ込み、乱暴にハンドルを切った。

「あんたちょっと、今の右折、強引すぎるわよっ」

「うるさいっ、右折優先が山梨ルールだっ。相手が芸術家だろうがオカマだろうがここは山梨だっ。物を見えるままに描かんで誰にそれが何かわかるんだ?何かわからんものを描いて何になるんだ?そんな芸術は自己満足だっ。俺は認めんっ」

郁子は肩をすくめ、それ以上この件について父親と話すのを止めた。何はともあれ無事に家に帰り着くことが重要だ。


(あーあ、とうとう逝っちゃったか・・・)

真作一家が甲府バイパスを爆走している頃、亜輝子は疲れた体を浴槽に沈めて独りぼんやりしていた。杉作は事故に遭ってから1年間というもの、ずっと危うい状態が続いていたので、彼女は次第に父が生きているのか死んでいるのかわからなくなりつつあったのだ。しかしいざ亡くなってしまうと、その喪失感は決定的なものだった。自分にはもう肉親は一人も居ないのだ、と彼女は考えた。自分に残された家族は、パートナーである翔吾だけなのだ、と。

風呂から出て時計を見ると、すでに12時を廻っている。親戚連のもてなしの後片付けを済ませた翔吾は、頭が痛いと言って先に寝ていた。食堂のテーブルにはワイングラスとチーズが置かれ、小さな紙に「ほどほどに」とメモがあった。亜輝子は頷きながら冷蔵庫を開け、飲み掛けの白ワインを取り出しグラスに注ぐ。グラスの底のカーブに沿って、冬の午後の陽射し色の液体が緩い螺旋を描き、やがて重力に従ってその身を平らにする。液体は最後は必ず水平線に同化するのだ。グラスの中に横たわる、無口な死のような、ミニサイズの水平線に・・・彼女はボトルをテーブルに置く。そっと置いたつもりだったが、それは、不吉なノックを思わせる硬質な音を立てた。

その時、静寂を蹴破るように電話が鳴った。

「・・・はい、未野です」

「ハロー、亜輝子さん?御無沙汰してます、七尾華子です」

「華子さん?」亜輝子は左手に受話器を持ったまま、グラスに手を伸ばしてワインをゴクリと一口飲んだ。




《マーク・ロスコ》

「ごめんなさい、そちらは夜中なのよね。でも今日中にお悔やみ申し上げなくっちゃと思って。この度はお父様がご愁傷様でした」

「え?ええ、はい、それはどうも御丁寧にありがとうございます・・・」

「パパがメールをくれて知ったのよ。わたし達、ずっとニューヨークだから」

「ニューヨーク?」(そういえば)と亜輝子は記憶を探った。あの結婚式の2ヶ月後ぐらいに、七尾夫妻は『Le'z』の商品販路開拓のためにアメリカに渡ったと翔吾が言っていたのを思い出した。「販路開拓を名目に遊びに行ったに違いない」とも言っていたが。いずれにしても、夫妻と距離が出来たことは彼を安堵させたようだった。

「そう、でね、今はテキサス州のヒューストンに来てるの。ここでスッゴク素敵な体験をしたんだ。だからそれを伝えたくて・・・翔吾さんは、いらっしゃる?」

「彼は・・・夫は、もう休んでます」亜輝子はワインをもう一口飲む。「今日はとても疲れたようなので、明日にしていただけません?」

「あ・・・そう、ね。お葬式だったんですもんね。でも明日はちょっと色々あるからなぁー。まぁいいや、じゃ、こうしよう。翔吾さんに伝えてください。華子はヒューストンのロスコ・チャペルで神秘体験しましたって。どういうことかは来てみればわかるから、もし翔吾さんの都合が良ければ、すぐにでもアメリカで合流しませんか?と。わたしのパパに連絡してくれれば段取りは全部こっちでやるからご心配無く無く。ではではグッナイッ」華子はそれだけ告げると一方的に電話を切った。亜輝子はしばらく受話器を持って立っていたが、投げ捨てるようにそれを置くとグラスに新しいワインを注いだ。

(七尾八百樹氏は翔吾を殴るよりあのじゃじゃ馬を檻に入れるべきなのよ)彼女はチーズをちぎって口に放り込み、グラスを開け、新たなワインを縁まで注いだ。


翌朝、亜輝子は一切の感情と感想を交えずに淡々と電話の内容を伝え、「ところで、ロスコ・チャペルって、何?」と訊ねた。

「何?って・・・ロスコのチャペルだけど」翔吾はあくびをしながら朝食の支度を始めたところだった。「チャペルと言っても特定の宗派のものじゃないから十字架も御本尊様も何も無くて、ロスコの大きな黒っぽい絵が八角形の内部空間のそれぞれの壁に掛かっているだけなんだ」彼はそう言いながら右手で玉子を3個割り、同時に左手でフライパンにオリーブオイルを敷く。

「絵は全部で14枚、3連のものが3組と1枚で独立したものが5枚。掛かっているというより、壁を覆っていると言った方がいいかな、それぐらい大きな絵だ。その絵の前に低い長椅子が4つ、座ってゆっくり絵と向かい合うような位置に置いてある。他には何も無いから、チャペルと言うより展示室が一つしかない美術館みたいなもんだね。ああ、ちょっと待って、写真を持って来る」

翔吾はそう言って自分の寝室に行き、本を抱えて戻って来た。いつの間に揃えたのか、彼はロスコ関連の本を4冊も持っていた。

「マーク・ロスコ?・・・この画家のこと、好きだったの?全然知らなかったわ」

「うん、好きだよ、ずっと前から」翔吾は顔を輝かせながら、持って来た本の1冊を開いた。「好きな画家はたくさん居るけどね。前に話しただろ?アメリカで絵画の進化は終わったって。僕が思うに、その頂点に居るのがこのロスコとバーネット・ニューマンなんだ。ほら、これがロスコ・チャペルだ」

彼が示したページに目を落とすと、白い壁に間接照明だけの無骨なまでに何も無い空間にただ黒いだけにしか見えない絵が掛けられていた。それは絵画というにはあまりにも無表情な画面だった。何かが描かれていると認められるような対象は何も見当たらず、そこにはヒントも答えも問いさえも存在しないかのようだ。それでいて圧倒的な存在感を湛えている。絵の高さは4メートル近くもあり、3連の組み作品は横幅が6メートルに達していた。黒い絵は各々微妙な諧調を帯びていたが、一見したところ著しい差異は無く全て同じように黒い。こんな絵にぐるりと囲まれたチャペルの中で、華子はどんな神秘体験をしたというのだろうか?

「なんだか・・・吸い込まれそうな絵ね」亜輝子はページを凝視したまま呟いた。そんな彼女の横顔を見つめながら、翔吾は嬉々として解説を入れる。

「マーク・ロスコは、本名はマーカス・ロスコヴィッツと言って1903年にロシアに生まれてアメリカで育ったユダヤ系移民なんだ。彼は同じユダヤ系移民の画家仲間達と社会主義的な傾向を持つグループを作って活動していた。初期の頃は、ちょうど第二次世界大戦を逃れてヨーロッパからアメリカへ亡命して来たシュルレアリスト達の影響を受けたりしていたんだけど、その後シュルレアリスムから脱して仲間と共に新しい表現主義運動を始める。これが母体となって抽象表現主義に発展したんだ。ロスコはその中心的画家だった。カラー・フィールド・ペインティング(色面絵画)の画家は他にも居るけど、ここまで明らかに独自の絵画的言語とでも言うような表現まで到達したのは、彼とバーネット・ニューマンだけだと思う」

「この、黒い絵が、ロスコの絵画的言語なの?」

「いや、黒っぽい絵はこのチャペル・ペインティングと最晩年だけで、全盛期はこういう・・・」彼は別の画集を取り出してパラパラと捲ってみせた。「明るくてカラフルな絵がほとんどなんだ」

「まぁ、綺麗・・・」亜輝子は先ほどの黒い絵とのあまりの違いに面食らった。縦長のカンヴァスに輪郭の曖昧な2つないし3つの矩形が浮遊するような構成の絵は色鮮やかで、情感豊かに、雄弁に、楽しげに色彩のシンフォニーを奏でていたのだ。ページを捲ると構成は似ているが用いられている色の違うもの、背景とのバランスの異なるもの、矩形の比率を変えたもの、などのさまざまなバリエーションが次々に現れる。これほどシンプルな画面要素で、良くもまぁこんなにたくさんの絵を描いたものだ、と彼女は感心するやら呆れるやらだった。

「モンドリアンは抽象画を発明したし、マティスもミロもカンディンスキーもそれぞれ独自の抽象的表現に行き着いた。カラー・フィールド・ペインティングとしては同じ抽象表現主義仲間のクリフォード・スティルが先んじている。だけど表現の洗練度に於いてロスコは群を抜いていると僕は思う」

「ふーん・・・じゃあ、もうひとりの、ニューマンの方はどんな絵なの?」

「残念ながらバーネット・ニューマンの画集は持ってないんだ。探してるんだけど、まだ手に入らない。日本では売ってないのかもしれない。美術論の本やロスコの画集の中では紹介されているんだけどね・・・確かこの辺に・・・ああ、あった、これがそう」

どれどれと覗き込んだ図版を見て、亜輝子は目が点になった。縦長の真っ赤な画面。その左端に上から下まで細長い青い部分があり、右端に極めて細く黄色い縦線がある、ただそれだけの絵だ。題名は『レッド、イエロー、ブルーなんて恐くない』。

「あと、これ、『ヴィル・エロイクス・サブリミス』・・・信じられないことにモノクロ印刷だけど」と憤慨しながら彼が取り出した美術論集のページには、横長の濃い灰色一色にしか見えない絵が載っていた。拙い印刷からかろうじて得られる情報は、横長の画面の5箇所におそらく異なる色と思われる細い縦のスリットがあることだけだ。

「本文によるとこの絵は赤いらしい・・・美術を論じる本なのに紹介する図版をモノクロで済ますなんて編集者はどうかしてるよね。出版社がケチなのかもしれないけれど、その程度のことをケチるぐらいなら美術書なんて出さなきゃいいんだ。仮にオールカラーにして本の値段が倍になっても、必要だと思って買う人間の数は変わらないのに」翔吾は眉をしかめてそう言い放ち、それから急に思い出したようにガスコンロの前に戻ってスクランブルエッグを作り始めた。

「美術の専門書は、あまりにも売れないからじゃないかしら?」バーネット・ニューマンの絵を見ながら亜輝子は率直な感想を述べた。「この人の画集を出しても、もしどのページもこういう絵ばかりなんじゃ、誰も買わないかもしれないわ」

「まあね、確かにね」彼は手際良く膨らませた玉子を暗褐色の釉薬をかけた陶器の皿に盛り、厚切りトーストにバターを塗ろうとした。が、話をしている間に冷めてしまったのでバターは上手く溶けなかった。仕方が無いので電子レンジで5秒ほど温め直すことにして、その間にドリッパーでコーヒーを淹れる準備をする。

「確かに、バーネット・ニューマンの絵は画集向きじゃないかもしれない。彼の作品は単独でも横幅が7メートルぐらいあって、その大きさが主題にとっては重要だから・・・そもそも小さい本には収まりきれない絵なんだとは思うよ。でもアメリカまで絵を観に行くことが出来ない者にとっては、せめてカラー図版だけでも観たいところだけどね。大きさは、想像力で補うさ」

「他の絵も、だいたい似たような構成なの?」

「僕の知り得た数少ない図版では、みんなこういう、ベースの色が均一に塗られた画面に細い縦のスリットが幾つか入っているという構成の絵だね。もちろんカンヴァスの縦横の比率や色は全部違うわけだけど。文献では、最初は『裂け目』、つまり『発生のモチーフ』から始まったらしい。そして究極的とも言えるスリットの画面構成に到達して、この表現方法による巨大な絵画を物凄くたくさん描いたんだそうだ」出来たコーヒーとトーストを並べ、彼は亜輝子の向かいに腰を下ろした。

「僕はニューマンの絵を初めて知った時、このスリットのせいで頭が二つに割れるんじゃないかと思うぐらいのショックを受けた」




《バーネット・ニューマン》

「ショック・・・?」亜輝子はコーヒーを啜りながら相手を見つめた。熱く立ち昇る湯気の向こうで、彼は難しい表情になっていた。

「うん、死ぬほどショックだったんだ」翔吾はテーブルの上で指を組み合わせる。

「絵画は具象の時代に写実と遠近法の探求に嵌って、見えるものを見たままにどう表現するか、あるいは伝えたい主題に具体的な形を与えていかにリアリティを持たせるか、という格闘を続けて来たんだ。当時はセンセーショナルだった印象派もキュビスムもシュルレアリスムも、観る側に示されるリアリティという観点からは同じ延長線上にある。要するに、そこに描かれている形体が、直接的にしろ逆説的にしろ主題を示唆するものだ、という意味でね。ところがバーネット・ニューマンの絵に描かれているのは広い色の面とスリットだけなんだ。しかも、場合によってはこれはマスキング・テープを剥がしただけの塗り残しだ」

「マスキング・テープ?」思わずコーヒーを吹き出しそうになる。

「そうだよ。ただそれだけの表現で、彼は絵画史上かつて類が無いほどの崇高な画面を作り上げた。ただのスリットなのに、彼の絵画は観る者を深遠な思索の旅に連れて行く。その大画面と色彩が与える強烈なインパクトに観る者は慄き、引きずり込まれ、さまざまな感情を喚起され、自らの鋭敏になった感覚の海を茫漠と漂うに任せるしかなくなるんだ。彼の絵画に於いては、リアリティは絵の側にではなく、観る側の感性の中に像を結ぶ。正に、究極の絵画だ、と僕は思った」

彼が食事を始めようとしないので、亜輝子はスクランブルエッグをトーストに乗せ、大きな口を開けて齧った。(やれやれ、絵の話になると他のことはみんな忘れてしまうんだから)それでも、彼が生き生きと話す様を見るのは楽しい。

「それで、究極の絵画が誕生した時、他の画家達はどうしたの?」

「画家はそれぞれ自分を信じて頑張っていたのさ。互いに影響は受けても、彼が先にスリットを見つけたから、自分にはもうやることが無い、とは考えずにね。ロスコは同じ時期に、カラフルな矩形の表現で独自の世界を生み出していたわけだから・・・実際に抽象表現主義の画家達を脅かしたのは、1956年にイギリスに生まれて台頭してきたポップ・アートだったんだ。なぜ脅威になったかというと、ポップ・アートは工業製品や大量生産された商品やサブ・カルチャーを直に芸術の世界に持ち込んだことによって、絵画が持ち得る崇高さそのものを木っ端微塵にしたからなんだ。おまけに、観る側のウケがとても良かった」

「それは、なんとなくわかるような気がするわ。このスリットの絵より、アンディ・ウォーホルが落書きしたマリリン・モンローのポスターの方が、イメージとして親しみやすいもの」

「観る側が、抽象表現主義の追求する芸術の高みに着いて行くのに疲れてしまったのかもしれない。とにかく、イギリスからアメリカに飛び火したポップ・アートは世界中に蔓延して、芸術作品の意味を根底から変えてしまった。崇高で精神的で哲学的な意味を持つものではなく、見た目が奇抜で奇妙でファッショナブルなものが芸術だとして持てはやされるようになった。ポップ・アートのお陰で、今じゃアニメのキャラクターまで芸術に仕立て上げることが出来る。それを大量にコピーして、大量に売りさばくことも出来る。芸術はポップ・カルチャーとの垣根を捨てて、ビッグ・ビジネスになってしまったんだ」

ここまで喋って、ようやく彼はコーヒーを一口飲んだ。

「だけど、ウォーホルの作品は絵画なのか?と問えば、絵画だと答えるのは無理があるだろう?同じ理由で、ポップ・アートの系譜にある平面作品は、かろうじて2次元だというだけで、絵画であるとは言い難い。抽象表現主義の若手だったフランク・ステラは、彼なりの究極の絵画表現に到達した後、レリーフ状の3次元作品に進み、とうとう彫刻家になってしまった。それなら絵画はどこへ行ってしまったのか?」

「それでも、あなたはその先の絵画を描きたいんでしょう?」

「そう・・・それでああいう」と言って、彼は壁に掛けた自分の絵を指差した。「君の叔父さん達が困るような絵を描いて、悪戦苦闘している・・・自分でも馬鹿だと思ってるよ、でも止められないんだ。僕は子供の頃にグスタフ・クリムトの絵に感銘を受けて、彼のような絵を自分も描きたいと思った。造形として魅力を感じるのは人間や他の生き物の姿だし、それを命のシンフォニーのように描くクリムトは僕にとって最高の師なんだ。だけどロスコやニューマンを知った後では、もうクリムトの後を歩くわけにはいかなくなってしまった」

亜輝子は改めて部屋のあちこちにある彼の絵を眺めた。油彩やアクリルで描かれたそれらは淡い色のベースに小さな正方形や長方形が配置されたものが多い。選択された色の美しさを亜輝子は好ましく思っていたが、それが何の絵であるのかは実は彼女にもわかっていなかった。以前、勇気を出して題名を訊ねたことがあったけれど、返って来た答えは「試行錯誤」だったので、それ以後彼女の方から作品について問うのは止めてしまったのだ。しかしロスコやニューマンについての新たな知見を仕入れた後で翔吾の絵を観ると、彼の試みがなんとなくわかるように思えて来る。そして今さらながら表現者としての彼の苦しみに思い至り、彼女なりに苦い気分になった。

「ごめんなさい」亜輝子は翔吾に向き直り、背筋を伸ばして頭を下げた。「私、自分の仕事で忙しくて、あなたが何を苦しんでいるのか、本当は良くわかっていなかったの」

彼は驚いて目を瞬かせた。「そ・そうかい?僕の方こそ、いつも、上手く説明出来なくて・・・自分でもそんなに良くわかっているわけじゃないし。もしかしたら、全部、勘違いかもしれないし。他の画家達は、大学へ行ってちゃんとした知識を身に付けて、みんな自分なりの答えを見つけて創作活動に励んで、自信を持って色んな場に発表しているんだと思う。わけがわからなくなっているのは僕だけかもしれないんだ。だけど、僕は僕の人生を生きるしかないから、今さら、仕方が無い」

「でも、大学へ行った人も、たぶん、みんなきっとあなたと同じように苦しんで試行錯誤を続けているんだと思うわ・・・現代の芸術家も、過去の巨匠も・・・」

「そうかもしれない」

「この、絵画の進化の頂点に到達したマーク・ロスコも、バーネット・ニューマンも」

「うん、きっと、そうだね」二人は頷きながらテーブルの上に開いたままの画集に目をやった。

「そういえば」と、彼女は残りのコーヒーを啜り、「ポップ・アートに脅かされた後、この二人はどうしたの?」と訊いた。

彼はトーストを手に取り、3センチほどちぎってポイッと口に入れた。「大いに憤慨しながら制作を続けていたよ。1970年に自殺するまで」

「自殺?」彼女の背筋を冷たいものが走った。彼女の認識では、画家という人種は好色で呆れるほど長生きということになっていた。「自殺って、どっちが?」

「どっちも」と、彼は肩をすくめる。「二人とも、なぜか1970年に揃って自殺したんだ。同じユダヤ系移民の仲間だったけれど、彼等はゲイじゃないから心中したわけじゃないと思う。ロスコが66歳、ニューマンが64か5歳だった。ニューマンについては良く知らないけど、ロスコは鬱病に悩まされていたらしい。奥さんとも別居して、大きなプロジェクトを完成させて、作品をテート・ギャラリーに送り出して、膨大な自作の目録を作って、管財人を指名する遺言状を書き、自殺した。華子さんはロスコの死の謎に興味があるって言ってたけど、僕には何とも言えないな。真っ当な自殺、という言い方が妥当かどうかわからないけど、特に謎は無いと思うよ」

(華子か・・・)話がついにここに戻ったな、と彼女は頭に手をやり、髪留めの位置を直した。

亜輝子は席を立ち、セーターの裾を引っ張りながら、努めて明るく屈託の無い口調で訊いた。

「彼女・・・華子さんも、ロスコが好きなのね?あなたと同じように?」

「ああ、そう言ってたね。だからいつか、ロスコの話を僕とじっくりしたいと言ってた」翔吾は座ったまま、冷めたコーヒーを片手にまだトーストを齧っている。

「それで、あなたは行くの?その・・・ヒューストンのロスコ・チャペルに」

「僕が?行かないよ」彼はあっさり答えた。

「なぜ?」

「なぜって・・・」翔吾は残りのトーストを口に押し込んで、冷めたコーヒーで流し込んだ。「僕がアメリカになんて行ったら、誰が君のゴハンの支度をしたり、君のパンツやブラジャーを洗ったりするんだい?」

「あら、ヤダ、そんなことを理由にするの?」彼女はそう言いながら彼の背後に行き、首に腕を廻して軽く締め上げた。「失礼ね、あなたが居なくても、自分の下着ぐらい自分で洗濯するわよっ」

「痛ててて・・・冗談だよ。本当言うと、僕は飛行機が恐いんだ。もう二度と、絶対に乗らないって、クリムト先生に誓ったんだ」

「前は、いつ乗ったのよ?」彼女は腕の力を緩め、代わりに相手の後頭部に覆いかぶさるように胸を押し付けて、頭越しに顔を覗き込んだ。

「子供の頃。羽田から、高知の親戚の家まで飛んだ。死ぬかと思った。あんな大きな重たい鉄の塊が空を飛ぶのは物理的に間違ってるよ。スタンリー・キューブリックもそう言ってる。シロナガスクジラを飛ばすより無理がある」

「飛行機に乗れなきゃ海外へは行けないわ。大物になれないわよ」

「そんなことは無いさ。エマニュエル・カントは生まれた町を一歩も出てないけど偉大な哲学者だ。うろうろすりゃいいってもんじゃない」

「外国の美術館にも行けないし」

「誰かが言ってたよ、何かを得れば何かを失うって。逆に考えれば、人が得ているものを得られない自分は、人が得られないものを得ていることになる。持たざる者は豊かなりってね。物差しは0を基点に常に両方向へ伸びているのさ」

「わかったわ、そこまで言うなら・・・とにかく、行かないのね?」亜輝子は腕の中に翔吾の頭を包み込んでこちらを向かせる。

「うん」

「良かった」彼女はそのまま顔を近づけて唇を重ね、情熱を込めてキスをした。彼は(突然、何なんだっ)と驚きながらも拒む理由も特に見当たらなかったのでされるがままに任せ、圧し掛かって来た彼女に椅子ごとキッチンの床に押し倒された。だが彼女の攻撃は止まず、キスをしながら片手は彼のシャツのボタンを外しに掛かり、もう一方の手はズボンのジッパーを下ろそうとする。

「ちょちょちょちょっと、待ってっ」さすがに慌てた彼が襲い掛かる彼女を押し留めた。「いったい、どうしたんだい、急に」

「ん・・・なんだか、急に、あなたが欲しくなって・・・」彼に乗ったままの亜輝子は熱っぽい目付きで答える。

「ダメだよ、こんなところで、誰か来たら玄関から丸見え・・・」

そこで初めて二人は、玄関の土間に第三者が立ち、こちらの成り行きを固唾を呑んで見守っているのに気が付いた。



《UFO堂の予言》

「お・伯父さんっ!?」亜輝子は頭の天辺から裏返った声を出して跳ね起きた。「い・い・いつから、そこに?」

翔吾も慌てて起き上がり、ハッとしてズボンのジッパーを引き上げる。

「いや、これは、お取り込み中、失礼しました」玄関に立ったままの南水清は、エンジ色のハンチング帽を取って頭を下げる。「何度か声を掛けたんですがねぇ・・・」水清は語尾を濁し、ホッホッホッとフクロウ笑いでその場を取り繕った。

「あ・・・とにかく、上がってください。散らかってますけど」翔吾は赤くなりながら倒れた椅子を起こし、慌しく皿とカップと画集を片付けた。「すぐ、お茶を入れますから」

「いやいや、お構いなく。昨日、鳥取へ出掛けておって杉作さんのお葬式に間に合いませんでしたからね、お焼香だけでもと思って、それとこれを御仏壇へ・・・」水清はそう言って、風呂敷包みから菓子折りを取り出した。包装紙には『UFO堂彗星菓子』と書いてあった。

「『UFO堂』?」仏壇に供えながら亜輝子は目を丸くした。「なんだか、宇宙人がやってるお店みたいね」

「そうですよ」水清は線香を立て、目を閉じて手を合わせた後、くるりと向き直ると極めて真面目な表情で言った。「彼はM-s256小惑星から来たんです。今年の夏に石和の温泉街にようやく菓子屋を開くことが出来て、なかなかの評判になりました。副業の星占いも好評でしてね」

亜輝子と翔吾は顔を見合わせ、「へぇー」とぎこちなく反応した。

「そうそう、その彼に翔吾さんのことを占って貰ったんですよ」

「僕のことをですか?」

「ええ、余計なお世話かとも思ったんですがね、私なりにちょっと気になることがあったもんで・・・」水清は上着のポケットから小さな手帳を引っ張り出してページを捲った。「ああ、あった、これだ。えーと、今から3年後、2009年ですな、夏に予兆あり、秋に大きな転換期来たる。冬にあなたは新しいあなたになり、春に旅立つ」

二人は再び顔を見合わせ、水清の持つ星柄のビニールカバーの付いた手帳と、彼の真面目くさった顔付きとを見比べた。

「気を付けることは湿り気と農薬散布だそうです。あと、良く日光浴をするように、との助言でした」

「はぁ・・・ありがとうございます」

「それでは、また・・・お邪魔しました」と言って水清は手帳をしまいハンチング帽を被り、あっという間に帰って行った。

後に残された二人は、三度顔を見合わせ、呪文のような宇宙人の星占いを復唱した。

「夏に予兆あり、秋に大きな転換期来たる。冬にあなたは新しいあなたになり、春に旅立つ・・・」

翔吾は眉根を寄せて考え込んだ。「いったい、どういう意味だろう?いい予言なんだろうか?」

「信じるの?『UFO堂』の星占いを?」亜輝子は思わず吹き出した。「まったくもう、水清伯父さんったら、相変わらずエキセントリックなんだから困っちゃう」

「でもさ、ちょっと気になるな。春に旅立つ、なんて、僕は飛行機にも乗れないのに何処へ旅立つんだろう?」

「やぁねぇ、旅立つっていうのは比喩よ。あなたが画家として認められて大成功するっていう意味よ」

「そう思う?」

「そうに決まってるじゃない」彼女は人差し指を立てて彼の胸を指した。「だって、その前に『冬にあなたは新しいあなたになり』って保証されてるのよ。きっとびっくりするような何かが切っ掛けになって、あなたは新境地を開くのよ。私はそう思う。もし、どうしても良い予言だと思えないんだったら、今すぐ忘れてしまいなさい。わかった?」

「はい」

「オーケー、じゃ、一緒にあっちへ行きましょ」彼女はそう言って彼を寝室に押し込み、後ろ手でドアを閉めた。

だが、「はい」とは言ったものの、翔吾は『UFO堂』の星占いに引っ掛かる物を感じ続けていた。水清に連絡を取って『UFO堂』を訪ねてみようかとも考えたが、出不精の上に「超」が付く彼はなかなか出掛ける決心が付かず、そうこうする内に時間ばかりが過ぎて行く。

亜輝子は相変わらず忙しく、杉作の葬儀後の慶弔休暇が終わるとろくに休みも取れなくなった。水清も真作も他の親戚も、遠巻きに彼女の暮らしを案じていたが、とりあえず元気で働いているのだから何を言うというわけにもいかない。少々風変わりでも翔吾は甲斐甲斐しく家事をこなしていたし、性別役割分担を云々するのも時代遅れかもしれない、という辺りに意見は落ち着きつつあった。

ヒューストンの華子からは、その後ロスコ・チャペルの写真が数枚同封された手紙が届いた。翔吾がE-メールを使わないので、「今どき珍しい手描きで」と但し書き付きでのカラフルな手紙だった。

「ねぇ、彼女の神秘体験って、なんだったの?」亜輝子は微妙な距離を保ちながら訊ねる。

翔吾は手紙から目を上げて、フフッと笑い、「自分で、読んで。ここんところ」と彼女にそれを差し出した。

示された黄色い大きな紙には不可思議なスケッチと日本語と英語と判読不能なその他の文字が入り乱れ、書き手の過剰な伝達意欲が竜巻となって舞い上がるかのようだった。亜輝子は紙を何度かひっくり返してみたものの、どうしても華子が何を言わんとしているのか読み取れない。「なぁにこれ、これでも手紙のつもりなのかしら?」

「うん・・・彼女も必死なんだよ」翔吾は返された手紙にもう一度目を落とし、それを元通りに畳んで封筒にしまった。亜輝子は腕組をして彼の周りを歩き回り、モモイロペリカンが嘴を打ち鳴らすような音を立てた。「いったいどういうこと?あなたには意味がわかるのに、どうして私にはわからないの?理工系だから?国土交通省と建築基準法がいけないのかしら?」

彼は困ったように首を傾げ、控えめな小さな声で「・・・オーガズム」と呟いた。

「え?」

「彼女はロスコ・チャペルの真ん中に立って絵をぐるぐる観ている内にオーガズムに至ったんだそうだ。独りで、もちろん体のどこにも触れずに」

「まぁ・・・」

「文字と絵を使ってそれを説明しようとしているんだよ・・・彼女によると、絵は八方向から彼女を優しく包み込み、彼女の内部に溶け込むように侵入したらしい。彼女が絵に同化してしまったようだとも書いてある。その時、喩えようも無く心地良いオーガズムに至って、そのまま1時間ぐらい・・・同じ状態が続いたんだそうだ」

「1時間も!?」亜輝子はムンクの『叫び』のような顔をしてみせた。「信じられないっ!」

「それで、とうとう失神して・・・助け起こされた時には失禁していたらしい」

亜輝子は呆気に取られて言葉を失った。もうどういう顔で反応すべきかも思い付かなかった。

「華子さんはとても感受性が鋭いんだと思うよ。物凄く入れ込んでいる画家の作品に性的興奮を感じるのは、女性ではそんなに珍しいことじゃないのかもしれないけど」翔吾はそう言いながら頭を掻いた。「僕は男だから、それ以上のことは良くわからないな」

華子はその後も時折り妙な手紙を送って来た。それでもアメリカに滞在している内は対岸の火事のようなものだ。華子を警戒し続けることに次第に疲れて来た亜輝子は、その存在を意識の外に押しやるようになった。翔吾が手紙の返事を書いたのかどうかも気にならなくなり、その結果、七尾夫妻が2009年の5月末に帰国したのを、彼女は全く知らなかった。




目次に戻る・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・次の章を読む